仕事を覚えるのは難しい


はい、どうも銀歯です。

では今日の動画は『仕事を覚えるのって大変だよな』という初期の頃の切実な状況を語っている動画です。

そうですね、この頃はマウンティング班に配属されたばかりで右も左も分かっていませんでした。

仕事内容的に手作業でやる仕事が多く、個々人の技量やスピードが要求される職場だった為、それについていけず改善策を模索しつつ、心を落ち着けているといった内容です。

流れとしては、新しい班に移動して仕事についていけない→製品を作るために必要な部品が非常に壊れやすく、2度も壊してしまった→破壊神との異名を上司から頂き、先輩社員から嘲笑われる→原因と改善策を探る→責任を分散させて落ち着くといった流れですかね。

いやあ、この責任転嫁はやはり大事ですね、責任転嫁というよりか本来は責任は分散されているはずですからね。

①仕事の覚えが悪く、片手間で覚えようとしていた自分の責任、これも当然あります。

②仕事を教えてくれた上司が大事な部分を端折って説明するため、そこが原因で失敗をする、これは要は相性の悪さとも言えるでしょう。

人には其々相性があるので仕方のない部分ではあります。
感覚で教えてくるタイプと、理屈で教えてくるタイプがいますからね。

③その部署を管轄している人間の怠惰によるもの。
これも、現場では言い辛いですが、現実だと思います。

マニュアルの作成を怠っていること、現場の作業員に指導を丸投げしていること、ここを口に出すと恐らく責任転嫁色が強く感じ取られるのでわざわざ指摘はしませんが、責任はあります。

④そもそも経費削減の為に、壊れやすく、作業に必須の道具の予備を用意していない会社側の責任。

これは実際、用意しておくべきだと思いました。少し扱いを間違えると壊れるもので、無ければ作業が出来ないといった類の道具なのですが、
人間が複雑な工程の中で手作業で取り付け、取り外しをやっているものですから予備は絶対に必要な道具です。

まあ、新人がそれを扱うという想定はしておらず、現場内で考えるべきことだったのかもしれませんが、実際、自分が壊してしまったことで社内が大騒ぎになりました。

そして、当然小言を言われましたが、『予備を用意していない』『上司であるマウンティングが更に上の上司から叱られる』ということは、
こちらとしては知りませんからね。

まあ、そんな感じで自分は責任を分散させて、自分だけで背負わないようにしています。
これは人によったら気分が悪くなる手法かもしれません、責任転嫁に見えますからね。

ただ、常々言っているのですが、心が壊れてしまったら終わりです。
だからといって、完全に他人のせいにするのは攻撃性が高まるので、他人とコミュニケーションが取れなくなる要因だと思いますので、絶対に止めておくべきです。

要は全ての携わっている人やシステムに問題があるんだという、ある意味平等に分散しているわけです。

そして、それは事実だと思っています。

これは仕事だけでなく『底辺』にも言えることだと思います、自分は今現在底辺にいますが、これが自分の責任だとも社会の責任だともそこまで思っていません。

自分の責任でもあり、社会の責任でもあり、時代の責任でもあると思っています。

よく自己責任論と社会責任論、環境責任論みたいなことが言われますが、
そのどこにも責任はあるのです。

白か黒かで語れる物事なんてものは、この世の中には殆どありません。
あると思いたいだけです、白とか黒とかメリハリのある物語、分かりやすい指標が欲しいだけで、実際はそんなもの幻想に過ぎません。

自分を攻める人、周りを攻める人、そのどちらもバランスが悪いです。
行き着く先は自分にとってあまり良くない結果を招くと思いますよ。

まあ、随分と脱線してしまいましたが、とにかくこの動画で一番見るべき場所はこの責任の分散だと思っています。

別に自分のやっていることが正しいとは思いませんので、参考にしたい人は参考にして下さいって感じですが、バランスを取るためのプロセスを具体的に話している動画ではあるのでたまに自分でも見返します。

そして、仕事を覚えるのは真剣に覚えましょう、予習復習は頭の悪い人には必須です。

自分にも必須でした、これ以後はマウンティング班でマウントは取られながらではありますが、わりと順調にやっていくことが出来ました。

では、アデュー。



年収100万円の時代がやってくる


はい、どうも銀歯です。

今日も過去動画を元に記事を書いていこうかと思います。
『年収100万円時代が来るわ』といった動画です。

動画の内容は、サリンジャーみたいに生きたい→俺の会社は年収が低い→幹部の人達はこの待遇では働きたくないと言っている→バブル世代に年収200万だということを言ったらアルバイトか?と疑われた→グローバル化によって日本人の年収が低い方へと流れている→戦争を体験した人の話は面白い。

と言った流れになっております。

まあ、とにかく全体的に訴えたいことは年収100万円時代が到来すると思うということです。

今、自分は年収200万円で雇用されており、年間2400時間の命の蝋燭を削り生かして貰っているといったところでしょうか?

年収200万円というと田舎では既に当たり前だと思いますが、一部の人からは未だに信じられないという声もあがっていることも事実です。
リアリティのない数字に聞こえるらしいのです。

しかし、これはリアルです、現実的に田舎での所得はこんなものです。

自分の会社が特別だというわけでもありません、ハローワーク(職業安定所)に通っている動画を見てもらえば分かると思いますが、どこの求人も年収200万円前後です。

日本人の平均所得は30代で500万円以上だということですが、田舎での所得は恐らく300万円台程度まで下がっていることでしょう。

森永卓郎という経済学者が、年収300万円時代が来ると予言していましたが、それは田舎では昔から来ているのです。

自分たちが高校を卒業した時代から今の時代を比べても、求人の給料所得自体は恐らく変わっていないと思われるので、その時代には既に片鱗は見えていたのでしょう。

今はまだ都会で生まれて、生きてきた人達は年収200万円がネタに思うのかもしれませんが、いずれ年収200万円なんて当たり前の時代が来ると思います。

そしたら、地方は年収100万円台の時代になってもおかしくはありませんね。

これは別にネガティブに考えている訳でも何でもなく、中国の平均所得が年収100万円であることから考えても必然的ではないでしょうか?

今や国という単位、国境の仕切りがどんどんと薄くなってきています。
インターネットはこれからも加速度的に世界を覆うでしょうし、グローバル化は避けたくても避けられないですよね。

そうなってくると、高低差がなくなります、今まで低かった者は高くなり、高かったものは低くなるのです。

特に底辺労働者を筆頭とした何の武器も持っていない人間にとっては為す術なく低い場所に引摺り降ろされるでしょう。

日本人は世界基準で考えたら当然『高い場所』にいましたからね。
それを国という概念や国境が守っていてくれたわけですが、それがなくなれば当然世界の平均に向かって誤差が是正されるのです。

中国という国の地方、農村部の人達の年収が上がり、日本人の年収が下がることで均衡する場所が出てくることでしょう。

それが100万円台なのか200万円台なのかは分かりませんが・・・

これは別に悪いことだとは思いません、当然自分達だけの事を考えたら悪いことでしかないでしょうが、世界規模で未来のことを考えるとそうなるべくしてなるといった感じですしね。

恐らく年収100万円時代が到来したとしても、環境に適応して人間は生きていけるようなものだと思います。
時代が進んでいるわけで、当然テクノロジーも進んでいる訳ですしね。

この動画で言いたいのは、別にそれに対する文句ではありません。
あくまでもそういう未来が来るだろうなという予言です。

自分は経済学者ではありませんが、そのぐらいは何となく分かります。

それがいつになるのか?どんな形で訪れるのかは分かりませんが、まず先に訪れるのは地方からでしょうね。

皆さん、覚悟はいいでしょうか?

じゃあ、僕は来るべき未来に向けてウンコ行ってきます。

スロットで学費稼ぎました


どうも、銀歯です。

昨日、気がついたのですが過去の動画を洗い直して記事にしたら資源を再利用出来る上に、自分的にも書いていて面白いことに気が付きました。

それで過去の動画を確認してみたのですが、普通に恥ずかしいですね。
よく、過去の動画は恥ずかしいと聞きますけど、何となく分かります。

過去と言っても一年前レベルですし、内容的にも自分が考えて話しているものなので今と何も変わっていない為、トーク内容や自己哲学に関しては恥ずかしさはないのですが、如何せん撮って出し手法が多い為、話と話の空間や
声の具合が凄く気になります。

まあ、そう思えるだけ少し向上してんだと思いたいですね。

さて、今日の内容は『スロットで学費を稼いだ話し』です。

自分はスロットでお金を稼いで、とある学校に進学をしたことがあります。
まあ、少し特殊な学校なのであまり詳しくは言えないですが、学費を借りるか、新聞奨学生になるか、自分で作るかの選択肢の中で自分で作る選択をしただけのことです。

お金を貯めていたのは18歳〜20歳ぐらいの頃ですが、当時はがむしゃらに働きました、仕事の掛け持ちなんかもして必死にお金を貯めていましたね。

ですが、やはり学費と一人暮らしでの生活費を数年分と考えると中々厳しいものがあります。

その為、一番効率よくお金を稼げる方法としてスロットに行き着いたわけです。

当時は4号機が全盛期で、今ほど規制も厳しくはなく、そこそこお金が稼げる時期でした。

その為、出来る限りのことをして日々切磋琢磨をしておりました。
まあ、プラス収支になる日もあれば、マイナス収支になる日もあり、トータルして雇用で得る給料よりかは効率よく稼げていたと思います。

ど田舎の雇用は今も昔も大して変わりはないですからね。

まあ、しかしパチプロもある意味で自営業みたいなもんです、当然長い目で見たら雇用のほうが遥かに楽だし、稼げるようになると思います。

自分が言っているのはあくまでも短期的に見たらの場合ですね。

本来はパチンコやスロットでも確定申告なんかは必要になってくるらしいのですが、今はどうか知りませんが当時は全く触れられておらず、わざわざ自分から申告をしに行く人間はおりませんでした。

その為、プラスになった分は全て自分の所得になった為、まあそりゃ普通に雇用されているよりか稼げているように見えますよね。

実際は錯覚なんですけどね。

まあ、ともかく自分は学費を稼ぐという目的があったので必死で打って打って打ちまくりました。
当然、スロットは大嫌いでした、スロットを打っている連中も嫌いでしたね。

当時、ガリゾウというストイックに期待値を追い求めスロットを打っているプロがいることを偶然blogで知り、
スロットを打つ人にこんな人がいることに驚き、彼の立ち回りを参考にひたすらに期待値を追求する打ち方をしていましたね。

まあ、紆余曲折ありましたが、何とか学費とある程度の生活費を貯めることが出来たのでスロットプロから足を洗いました。

それからは基本的にはパチンコ、スロットには触っていません。
そして、打ちたいとも思いません。
付き合いでは打ちますが・・・

これは自分でもよく辞められたなと思うのですが、元から中毒になっていなかったのか、治ったのか良く分かりません。

ただ、追求しすぎて最早、パチンコやスロットが数値にしか見えなくなったところから大嫌いになっていきましたので、何かこの辺にギャンブル依存症を解決する手段が隠されている気もしないでもないです。

まあ、何にせよこの辺の出来事は自分の中では相当必死に頑張ってきたことではありますが、当たり前なんですけど結果的に誰にも評価はしてもらえませんでしたね。

努力する方向が間違えていたのかどうかよく分かりませんが・・・
一応は学費を稼ぐという結果自体は出しているのですが、それを誰ともシェア出来なかった訳です。

それはそうですよね、誰も同じ経験をしていないですし、そもそも学費は親に払って貰うものなのが普通ですからね。

なので、自分は奨学金を背負いそれをしっかりと返し終わっている人の凄さは分かります。

まともに少しづつ返済している人の凄さも分かります。

踏み倒している人の凄さは分かりません。

この当時の自分はスロットを打って遊んでいるだけといった印象を周りから持たれていたことでしょう。
やはり、人は何か努力をするにしても分かって貰えるかどうかが大事ですね。

例えば進学のための勉強や、資格試験の勉強は世間一般的に認められる努力であるのに対して、何かでお金を稼ぐという努力は時として他人が認めてくれない世界もあるのです。

現に、雇用を掛け持ちしていた頃は周りは全面的に応援してくれていました。
目標も理解してくれて、そのために努力しているように映ったのでしょう。

しかし、より効率の良い方法、つまりパチンコ・スロットでお金を稼ぎ始めてからは非難しか浴びませんでした。

目標は何も変わらず、結果的には2年程度でお金を貯めることが出来たのにも関わらず人からの見え方は全然違うものでしたね。

実際、雇用の掛け持ちで2年間で学費と生活費を稼げたかと言われたら恐らく無理だったと思います。

誰もスロットで学費を稼ぐといった行為を体験していないので、それは馬鹿にされても仕方がないのかなと今では思います。

努力を認めてほしければ世の中に同情される形、つまり、より多くの人が経験している道で努力するしかないのです。

それに対して結果は強いですよね、圧倒的です、結果で黙らせることが出来ます。

というわけで、皆さんも結果を出しましょう。
結果を出していない俺が言うのも何ですけど、結果が全てだというのは間違えではありません、多分。


謎の人影が見えたことがある


はい、どうも銀歯です。

動画投稿初期の頃に出した動画を久しぶりに見てみました。

そしたら謎の人影が見えた話をしていました、この話は当然実話なのですが
怖いとかそういう気持ちは全く無く、寧ろ結構ワクワクした覚えがあります。

それにしても、過去動画を見るとまともに編集もしていないので結構ストレス溜まるかもしれませんね。

この頃は、特に何も考えずに、その場で「これを話そう」と思ったことを垂れ流していました。

一応、今では仕事中とかにイメトレして纏めた話しています、林道にも限りがあるので。

で、この動画のストーリーですが、子供の頃に弟を連れて山に入った自分が遊びで弟を怖がらせようとして、山の中に置き去りにするといった内容です。

ダッシュで山を駆け下り、物陰に隠れ様子を伺っていたのですが、木と木の間を真っ黒い人間型の影が移動するのを目撃しました。

一瞬の出来事なのですが、完全に人間の形をしていたので、弟だと思い込んだ自分は我慢比べのつもりで暫く物陰に潜んで様子を伺っていました。

しかし、移動先の木から全く何も出てこないのと、その木の幹が大した大きさじゃなかったので少し疑問に思い様子を見に行ってみました。

案の定、木の裏を覗いても誰もいないし、何もありませんでした。

家に帰ると、弟が親に言いつけており、何でも反対側から家に帰ったということでした。

山を駆け下りている時に、後ろから着いてきている感覚があったので少しゾクッとしましたが、あの影が一体何だったのかを考えると不思議です。

猿だったのかなとも思いましたが、完全に黒い影だったので、もしかしたらあれは謎の生命体だった可能性もあります。

しかし、それ以上に自分の目の錯覚だった可能性のほうが高いですね。

人の記憶っていうのはあんまりあてにならないというのは、ワシントン大学の心理学者エリザベス・ロスタフという人の行った「人間の記憶は作り出すことが可能」という実験結果を見ても明らかです。

内容は面倒くさいので書きませんが、気になる方はググって下さい。

まあ、この真っ黒の影というのは世界中で目撃証言が多数あるらしく、シャドーマンとか言われているみたいですね。

一説によると見たら死ぬとか言われているみたいですけど、自分はあれから随分と生きてきましたので大丈夫だと思います。

ちなみに、動画で怪奇現象なんかを何度も取り上げて語っていますが、ただ興味があるだけです。

正直、信じてはいません。

それらが存在してるのか、存在していないのかは不明ですが、どちらにせよかなり興味深い分野ですよね。

人がそれを見るプロセスや、そこに科学では解明されない原因不明なものが存在しているのであれば、どうやって存在しているのか・・・

やはり大人になるとワクワクできることが減ってしまいます。
しかし、ワクワクするという感情はとても大事なことだと思うのです。

心に潤いを与えてくれます、という訳でガキ臭いと言われようと自分はこのワクワク感は良いものだと思っております。

終わり。



青ヶ島の怪


どうも、銀歯です。
皆さん青ヶ島を知っていますか?東京都にある異様な形をした離島です。

自分が初めて青ヶ島を知ったのは、何かの書籍だったと思いますが、
知った当時は余りの異質さに色々と調べまくった覚えがあります。

それから結構メジャーとなり、テレビのバラエティ番組なんかでもちょくちょく使われていたので知っている人の方が多いかと思いますが。

とにかく、自分はこの島に妙な恐怖感を覚えるのです。
住んでいる方もおられるので申し訳ないのですが、やはり住んでいない者からしたら、その島の歴史や地形、地理、環境と全てが恐怖の対象です。

自分の地元も恐らく傍から見たら恐怖なのでしょう。
以前、都会から遊びに来ていた連中が恐怖に慄いていました。

「ジブリの世界やん」、「もののけ姫やでぇ」、「夜1人で運転できへんわ」と彼等は大騒ぎでした。

やべえ所なんです。

まあ、とにかく青ヶ島の話に戻しましょう、ど田舎の話しなんかどうだって良いです。

青ヶ島を取り巻く環境は、二重カルデラで出来た島で、周囲の海流もかなり速いらしく、船も近づき難い場所らしいですね。

それに加えてググって貰えば分かると思いますが、切り立ったような崖で囲まれています。

そして、歴史も恐ろしいんです。
天明の大飢饉の時に起こった噴火で、島民の多数が島に置き去りにされて死亡しています。

当時の船は狭く、少数しかまともに乗れませんでした。
ですが、島に残れば待っているのは死です。

海に飛び込んで、難を逃れようとした島民は狭い船によじ登ろうとしたらしいのですが、鉈で手首を切り落とされ海に消えていきました。

なんとか非難した先は、一番近い島の八丈島です。

八丈島以外への移動は禁止され、そこでの生活を余儀なくされましたが、その八丈島でも当然飢饉の最中ですので食べ物に困っていますよね。

青ヶ島避難民は邪魔者も良いところです。
よって、酷い身分差別をされ続けたそうです。

そして、天災も去り、やっと島に戻れた頃には32年もの月日が経っていました。

その間に故郷を夢見て、島に帰ろうとしたものは海流にのまれて死んだり、荒れ果てた故郷で成す術も無く死んだらしいですね。

自分の故郷に帰ったとき、誰か生き残りが居ると考えていた人もいたみたいですが、当然誰一人生き残りなんか存在できません。

無情にも時間だけが刻み込まれていたことでしょう。

大切な人を残してきた人間もいたはずですが・・・

現状を目の当たりにした時、彼等は何を思ったんでしょうか?
なんか知らないけど、背景が全体的に恐怖なのです。

トヨタの期間工をやっていた時代に、メグリアというトヨタ御用達の本屋で青ヶ島が特集されている雑誌を見つけました。

島の祭りか行事で使用するといった、能面っぽい仮面の写真を見たのですが、これを見たときに何故か気絶しそうになりました。

何故か後ろに引っ張られるような感覚を受けて、不気味だったのですが、妙に気になって後日またそのページを見てしまうという訳のわからない行動をしていました。

もしかしたら青ヶ島に呪われたのかも知れませんね。
何故か分からないけど、トラウマになっています。

ちなみに行きたいとは一切思いません。

期間工の寮に仕掛けられる子猫トラップ


どうも、銀歯です。

それにしてもこのブログ、全くと言っていいほど収益に繋がりませんね。
サーバー代にすらなりません、恐ろしいことです。

それはそうと、昨日の動画はDENSOの期間工時代の実話なのですが、同じく動物ネタ、期間工ネタのコンボを今日は記事にしたいと思います。

DENSOの寮から工場までの距離は約1500メートルぐらいだったでしょうか?そこまで遠くなかったので自分は徒歩や自転車で工場まで通っていました。

で、期間工の歩く道には不思議と野良猫が徘徊しております、恐らく期間工が餌を野良猫にあげる習性があるのでしょう。

そんな期間工の生態もあってか、寮には大量の野良猫が徘徊していました。
トヨタで期間工をしていたときもそうだったのですが、飼いきれない猫を期間工の寮に捨てるという行為をする奴も結構いるのです。

ゴミをゴミ箱に捨てるという感覚でしょうか?良く分からないですが、確かに期間工の寮に捨てられた子猫は人気者になりますので外に捨てられるよりか生き残る確率が高くなるでしょうね。

そして、とある日に夜勤明けで寮に戻ってきた自分は子猫が寮内を徘徊している姿を見てしまいました。
流石に奴等はやばいですね、ステータスを可愛いに全振りしているのでついてこられると構わずにはいられないのです。

ミャーミャー泣きじゃくってついてくるのですが、当然寮では猫とか飼えません。

他の期間工も集まってくるのですが、誰も飼えないのです。
期間工の気持ちも察して下さい。

という訳で、放置して部屋に戻ったのですが、やはり部屋にいても子猫の鳴き声がずっと聞こえてくるので流石に可哀想になり、当時のSNSで飼い主を募集したところ愛猫家が貰ってくれることになったので一安心でした。

子猫じゃなかったら愛猫家も相手にしなかったと思いますが。

ただ、「お前が飼え、見殺しにするのか」といった罵声は受けましたが・・・

愛猫家の中でも過激派は人の命や生活よりか猫の命を優先する恐ろしい人達なので、正直あまり関わり合いになりたくないんですよね。

取り敢えず、言いたいことは期間工の寮に猫を捨てるのはヤメて下さい。

彼等、期間工には問題を解決することが出来ないのです、可愛いだけに厄介です。
部屋に猫を連れ込んだら、期間工は退寮させられます。

実質、クビ宣言です、子猫の周りに集まってきていたガタイの良い期間工たちの優しい表情が今でも忘れられません。

いい加減にして下さい!

というわけで、今日は期間工の寮に仕掛けられる子猫トラップの話をしました。

ちなみに、トヨタ時代もDENSO時代も同じようなシチェーションがあったのでこの手の問題って実は結構多いかと思います。

それにしても、猫に優しくするのに昆虫は殺すという人間のエゴは恐ろしいもんですね。

それをエゴと捉えていない人間が一番恐ろしいです、磔にされたとき絶対に投石してきます。

では、風呂に入ってきます。



一流企業のリーダー育成プログラムとは


どうも、銀歯です。

こないだ動画として出した中小零細企業では変な講習会を受けさせられるというものですが、気になったのでまともな企業ではどのような講習会、育成プログラムを受けているのか?を調べてみました。

結果、リーダー研究とかいう訳のわからない研究で有名なカシオッペ博士という人が論文で効果的な訓練というものを出しているみたいなので、それを発表します。

①明確な戦略を持つ動機づけをさせる

これは社員に経営者目線で、会社をどういうふうにしたいのか?を考えさせるという訓練らしいですね。
まあ、よく言われる「社長になったつもりで考えろ」というアレですね。

確かにこれって当事者意識を付けるのには良いですよね、リーマンは基本的にはローリスク・ローリターンなので会社をどうしたいか?とかよりか、自分自身がどう評価されて、どうサラリーを貰うか?というところにしか目が行きませんからね。

長い目で見たら先細りの会社しか出来ませんもんね。

②目標の設定をする癖をつける

これは例えリーマンが売上を伸ばしても、自分の設定した目標とズレるようであれば問題があるので、そのズレを修正する癖をつけなければリーダーにはなれないということです。

まあ、具体的な目標を立てるのは何をやるにしても必要なのかもしれませんね、これに関しては自分の会社の講習会でも行っていました。

③できるだけ対人関係を円滑にする訓練をする

これはそのままですが、社内でリーダーになる為にはコミュ力は絶対に必要だってことですね。
まあ、当然ですよ、会社組織は人の集まりですからね。

どういった訓練をするかというと、話し方や身振り手振りを具体的に学ぶらしいですね、演技力の訓練でしょう。

これは米国らしいなと思います、理にかなっています。
日本だと精神論を説く人が多そうですけど、人望・人格なんてものは一朝一夕で身につくものじゃないです。

やっぱり有効なのが演技力ですよね、言い方が悪いかも知れませんが欺く能力という感じでしょう。

④新しいことにチャレンジさせる

これは新しいプロジェクトの責任者にしたり、新しい部署を創設させたりと、リーダー経験をさせてみるってところですかね。

実際に経験してみた人と、経験したことのない人ではやはり明確な違いがありますもんね。

まあ、こんな感じでこの一流企業で実際に使われるリーダー養成プログラムですが、自分の受けた中小零細での外部コンサルタントによる養成プログラムとは内容が大きく異なっていますね。

少なくとも体裁上は自分たちの受けたプログラムも次世代リーダーを作るといったものでしたから目標自体は同じ筈です。

実際、どちらが効果があるのか分かりませんが、やはり社員の質にも寄るのでしょうね。

一流企業が受けるこのプログラムを底辺会社で行ったとしても、まず普段の仕事とマッチしなさすぎてあまり意味がなさそうです。

自分たちの会社の研修会は社員のレベルに合ったものを行っていたのかもしれませんね、人間力のアップ、前向き思考といった、リーダーに必要なプログラムというよりか新卒が今後社会人として生きていく為に必要となる心得や、気持ちを作るためのプログラムといった方が良いかもしれません。

コメント欄では大手もこういうことをやるといったものが見られましたので、会社の規模云々の問題ではなく、業種によるのかもしれません。

なので、動画のタイトルは「製造業に入るとこーいった宗教じみたことをやらされる」にしておいた方が良かったのかも知れませんね。

以上です。


旅行に行って敗北して帰ってきた


どうも、銀歯です。

物凄く寒い日が続いていますね、さっさと春になってもらいたいものです。
昔は春夏秋冬、全ての季節を楽しめていたような気がしますが、大人になるとそんな余裕もなくなってしまいますね。

冬は冬で情緒があって悪くはないのですが、最近はどこも雪が少ないこともあり、冬独特の静けさや厳かな感じが薄いですからね。

さて、昨日出した底辺クッキングの動画は観て頂けたでしょうか?
卵あんかけ肉入り讃岐底辺うどんを作りました。

この讃岐底辺うどんは非常に美味しく出来ました、恐らく世界で一番美味しいかと思います。

そして、動画内でうどんについての思い出を語っていますが、もう少し補足で当時の旅行のことを記事にしていこうかと思います。

この旅行は、四国まで皆で讃岐うどんを食べに行こうという趣旨のもと、敢行された旅行だったのですが、言い出しっぺは何と自分でしたね。

これがまず駄目でしたわ、極稀に自分から誘いたくなる時があるんですけど、大体痛い目にあいます。

はい、そうです正直この旅行は失敗でした、楽しかったのですが最終的に敗北をしてしまったので、今回はその文句を書いていこうかと思います。

とりあえず言い出しっぺは自分なので、旅の大まかなプランを立て、レンタカーを借りて・・・
とやったことを覚えています。

頑張っていたんですね。

そして、当時新型だったトヨタのエスティマをレンタカー屋から借り、行きの道中と四国内での運転は自分が行うといったプランを立てていました。

帰りはセルロイドのお面くんに運転してもらい、自分は翌日の出勤時間の兼ね合いもあって、お酒を嗜みつつ、寝るといった壮大なプランを立てていたのです。
それで了解も得ていました。

しかし、自分の会社は殆がB型で構成されていることを忘れていたんです。
そこが盲点だったのです。

エスティマを借りた時点で、セルロイドのお面くんが「運転したい!!」と無邪気に懇願をしてくるので、とりあえず彼に運転を任せました。

当初は最初のサービスエリアまでということでしたが、運転が楽しいのか代わる様子もなく延々と運転をし続け、何と四国まで到達してしまったのです。

自分は別に新型エスティマに微塵も興味がなかったので運転したいとは思いませんでしたので、そのままお面くんに運転を任せていました。

お面君は飽きたら代わると表明しており、いつ代わるのか予測不明の為、行きの道中は酒は飲まないようにしていました。

そして、お面くんが全てのSAを制覇するという訳の分からない目標を掲げ、本当にSAに寄っていくので、
四国にお昼時に着く計画が無意味になることを懸念して、それは説得し止めさせた記憶があります。

と、同時にこいつは算数の計算できるんか?と思ったことを覚えております。

しかし、やはり四国に付いたのは15時過ぎぐらいになってしまい適当な定食屋しか空いていないという事態になり、本場香川のまともなうどんは食べられませんでしたね。

動画でも話しましたが適当な定食屋の適当なうどんを食べました。

まずここが1つ目の敗北です。

お面くんは社内のスポーツカー乗りの内の1人なので、高速を常に140キロ以上で暴走しておりましたが、それで3時間遅れはやばいですね。

それだけSAロスが大きかったのでしょう。
あと、途中でアニメイトに寄りたいという願望を叶えていたことも大きかったですね。

まあ、そんな感じで結局目的である美味しいうどんは食べることが出来ませんでしたが、気を取り直して四国観光をしました。

道後温泉、松山城、水樹奈々の地元の駅、桂浜・・・あとは忘れました。
それ以外には行っていないかもしれませんが。

これらは素直に楽しかったですね。

まあ、ネットカフェで一泊しつつもそれなりに四国を満喫し、其々の要望を実現して行ったら、帰る頃には夜の10時を回っていました。

自分は翌日の朝から仕事があった為、四国内で夜の10時を回ったことに対する焦りを感じていました。

何故なら、四国内を走っているときも決してハンドルを離さず、嬉々として運転を続けていたお面くんに陰りが見え始めたからでした。

そうです、彼は疲れていたのです。

まず、四国から自分たちの住む地元まで帰るのに何時間もかかります、正直朝方になることは確定していました。

6人で行ったのですが、2人は酒を飲んでおり、2人は寝ており、運転できる状態でいるのは自分とお面君だけです。
内心自分も寝たかったので、お面君がこのまま帰り道も運転してくれることを願っていました。

しかし、お面君は健康体なので夜になると眠気が来ます、神戸に入った辺りで「眠たい」と呟き始めました。

自分はそれを頑なに無視していましたが、ここで酒を飲んでいるクロマニヨンさんがお節介な発言をしやがりました。

「お面君、ずっと運転してんじゃん、変わってやりなさいよ」と。

というわけで、帰り道は朝まで自分が運転して帰る羽目になりました。
朝方に地元につき、そのまま寝ずに仕事に行きました。

これは完全なる敗北です。

正直、翌日に日勤だったのは2名だけでした。
その中に自分も入っており、他のメンバーは夜勤だった事と、当初の予定ではそれを考慮して帰りの運転をお面くんに依頼していたので、文句の一つぐらい言いたかったわけです。

そうです、理不尽さにむかつきがわいてきたのです。

ですが、自己中な理由ではありますが、ずっと運転をしてくれていたお面くんに文句を言える空気ではなかったので、代わりにクロマニヨンさんに愚痴を言いました。

ちょっと待てと、如何にアンタがクレイジーなことを言っているか分かってんのかと。言ってやりましたよ。

頑張りました。
しかし、クロマニヨンさんから帰ってきた言葉は「うわぁ、年上でしょ君」という軽蔑の言葉だったのです。

なので泣き寝入りして運転することになりました。
仕方がなかったのです。

そうです、理屈じゃないんです!僕は負けたんです!
こうなることは行きの時点で予想はしていましたが、帰りは絶対に運転しないと明確に宣言しておくべきでした。

譲らない鉄の心を持つべきだったと思います。

全員が気持ちよさそうに寝静まった深夜のハイウェイを僕は苦虫を噛み潰したような顔をしながら運転してきました。

そして、もう絶対に社内の仲間で旅行に行かねえと心の中で誓いを立てました。

ちなみに、B型をディスっている訳ではありません、どちらかと言うとB型は好きです。憎めませんからね。

このときばかりは殺意が湧きましたが・・・

という思い出をうどんを茹でながら思い出したので今日のブログとします。




確定申告の時期ですよ


どうも、銀歯です。

自営業の皆さん、確定申告の準備はできていますか?
e-taxで事前に終わっているという方も多いかと思います。

でもあれ設備投資に多少のお金がかかるんですよね、昔に株をやっていたときに確定申告を自分でやっていたのですが、
そのとき税務署の職員に薦められて調べたんです。
結局、その少額の費用を惜しんでヤメました。

自分は本業である給与所得の他に、youtubeやこのブログからの収益がGoogle AdSenseからあるので、その分は自分で確定申告をしなければなりません。

非常に面倒くさいのですが、やらなければもっと面倒くさいことになるのでしっかりとやることはやります。
頑張っているんです。

しかし、youtubeで経費になるものってかなり曖昧ですよね、動画内でガッツリと使っているものであれば経費として計上出来るとは思いますが、
実際はそんなに簡単な問題ではないと思っています。

例えばプライベートや趣味で買ったものを、一度動画で映してしまえば全て経費に計上出来るのであれば大幅な節税が出来てしまいますので、
動画で収益がない人であっても、取り敢えずチャンネルを作成し、動画を出して大衆の目に晒しさえすれば良いということになります。

それが通るのであれば、全ての自営業者や会社経営者がこぞって自分の経費節税の為のチャンネルを立ち上げるでしょう。

やはり、国の管理しているものは時代のスピードにまともについて行けていませんからね、こーいったグレーゾーンが生まれてしまうのでしょう。

恐らく税理士に相談したら、そんなに簡単に経費計上出来ないと言われると思いますけどね。

他にもGoogle AdSenseの収益なんかは海外からの送金ですし、自分でタイミングや時期をコントロール出来るという特性もありますので、
様々なメリットがあったりもします。

その多くはグレーゾーンなので此処では敢えて言いませんが、大体が国のシステムや認識が追いついていなかったり、かなり遅れていることが原因です。

まあ、地方公務員や国家公務員は基本的には副業が禁止されているため、やはりその辺の事情はよく把握していない人が多いのでしょうかね。

ちなみに自分はグレーゾーンとは言え、問い合わせて確認してから利用しています。

世の中何があるか分かりませんからね。

明らかにこれ駄目だろって思うことでも、意外と問題ないですと言われたりするのでびっくりです。

という訳で、トイレに行く時間ですので今日のところはこの辺で。
さようなら。

本を読むと希少価値が生まれる


はい、銀歯です。

こないだ、「本を読む人だけが手にするもの」という本を図書館で借りて読みました。

その本にこう書いてありました。
「それぞれ一人一人の幸福を掴むための軸となる教養は自分で会得しなければならない、そのためには読書に行き着く」
って言ってるんですが、これは同意です。

それほど読書というのは人生の役に立ちます、って年収200万の自分が言っても信じてもらえないのが難しいところですよね。
ですが、読書は人生を豊かにするということだけは確信を持っています。

これも、この本の中に書いてあるのですが、カナダの学者がクールメディアとホットメディアというカテゴライズを作ったみたいです。

テレビや動画(恐らく漫画も)みたいな解像度の高いもの、主に人間が目を使って理解するものは、受け手も理解力を問われるものは敬遠します。
そして、造り手側も受け手にそういった理解を要求しなくなってきます。

これは以前に蛍の墓を語った時にも話したと思います。

こう言った、解像度の高いカテゴリをクールメディアと呼ぶらしいです。
人間っていうのは生活の中で受け取れる情報量の7割が視覚からの情報なのだそうです。
だから、それに沿った物を出してあげればクールに納得するという意味でクールメディアと呼ぶらしいです。

これに対してラジオや本を読むという行為はホットメディアと言って、受け手が受信した言葉や文字から想像をすることで、初めて物語が成立しますよね?つまり切っ掛けを与えられてるだけなのです。

ラジオと本を比べれば本の方がホットメディア度は高いと思いますが。
何故なら、ラジオは耳を使います、本は目で文字を認識します。

これらは普段の生活の中でどちらも使いますが、耳のほうが圧倒的に使い慣れていると思うからです。

人は基本的には声でコミュニケーションを取りますからね。

まあ、とにかく、全体的にホットメディアとは、時代には逆行していてるものなのです。
楽で合理的で受動的なのがクールメディアなのに対して、「想像」をするというプロセスを挟まなければならないのが、ホットメディアです。

今の時代に求められているのは、前者のクールメディアなのです。
とある偉人が「ブログはオワコン」と声高に言っておりましたが、あれは少なくとも需要と供給の観点から見たら当たっています。

しかし、この想像するという能力は鍛えれば鍛えるほどに他のものに代えがたい能力、財産になると自分は思っています。

この本にもそんなようなことが書いてありますね。
作者は乱読を薦めていますが、それも納得出来ます。

そのときには何もひっかかるものがなくても、脳みそにささくれが出来ると表現していたと思いますが、僅かにでも記憶の片隅に残っていれば、次に何かの切っ掛けで近い物事を考えている時にそれらの点と点が繋がって線になることがあるんです。

なので、乱読をするというのはたくさんの点を作るという意味でも意義のあることなんじゃないのかなと思うのです。

あと、読書は単純に他人がめちゃくちゃ考え抜いた頭の中を覗けるわけですからね。
それは単純に凄いことだと思います、普段の生活の中で他人の思考、哲学をじっくりと聞かせて貰うことなんか滅多に無いですからね。

ネットでググれば調べもの自体は解決しますが、やはりランダム性が皆無です。

AIの普及によって益々、自分の都合のいい情報しか調べなくなってくる時代が来ます、既に海外のニュースメディアは利益の為に、個々人のポジションに合わせたニュースを提供しているところもあるそうです。

本を読むことで、全然狙ってない情報を得るというのは一見すると非合理的に見えますが、実はこれからの時代に必要なのではないかと思っています。

正確に言えば、必要ではないのですが、希少価値は高くなるはずなので、
そこに利益が生まれると思うのです。

恐らく、「情報を知る」と言う事は誰にでも出来る時代なので、「考えられる」という人に希少性がつく時代が来ると思いますよ。

あとまあ、単純に本を読む人は個人的には好きですね。
割と本を読む人は心が豊かな傾向があると予想しています。

と言っても、自分は底辺にいますので周りで本が好きだという人はいませんが、他人の価値観を受け入れられるという人は少なくとも心は豊かなのではないでしょうか?

正確に言えば文字から想像をするというプロセスを鍛えてゆくと、頭の中で自分の考えを立体的に考えたりする癖ができると思います。

そして、立体的に考えると何かに対して白黒を付けられないと言うことが分かってくると思うのです。

【一段深く考える人は自分がどんな行動をし、どんな判断をしようと間違えていることを知っている】

これはニーチェの言葉です、細木数子の言葉ではありません。
地獄には落ちないのです。

多角的に物事が見れるのではないかな?という予想です。
考え方なんかも面白そうだなと思っていますが、本が好きな人ってインターネットの世界でしか知らないので確証はないです。

現実社会では滅多に出会えないのが底辺労働者の悲しい所ですね・・・

まあ、話を戻しますが、やはり本を始めとした文章は淘汰されて消えて行く運命かも知れません。
同じ「読む」にしても漫画なんかの方が圧倒的に強いのです。
これはめちゃくちゃ強いですね、コンテンツとしてみると小説が死んでも漫画はまだ暫く死ぬことはないと思います。

youtubeの動画でも漫画は強いですからね、youtubeを見る層とがっちりとマッチングしているのでしょう。
そう考えるとやはりyoutubeを視聴する層は、昔で言うテレビを観る層なのです。

そして、そこが大衆のいる層です、大衆はクールメディアを求めています。
クールに納得したいのです。

やはり、「文字」自体が衰退の一途を辿りそうですね。
漫画の文章や、看板なんかの注意書きのようなものは、短い文章ですので事象をイメージしやすいのですが、やはりそれなりに長い文章を読むという文化はどんどん衰退していきますね。

はい、まあ個人的な考え方ですが、子供さんがいる方は本を読ませてあげたほうが良いと思いますよ。
勉強できるできないより本を読んでるか読んでないかのほうが重要だと思うぐらいです。

多分、今現在の世の中のシステムは違います、けれど今後そうなってくと自分は予想しております、はい。

それでは、皆さん、風邪ひかないようにして下さいね。