これから会社に行ってくる


今日は出社時間に余裕がある、何故なら朝イチで寄るところがあり、直行する予定だからです。

だからこのブログを10分程度で書き上げて、さっさと仕事に向かおうと思っている。

前回の僕のブログでは、夕焼けを見て「人生は儚く短い」というごく当たり前のことを痛感したんだが、
実際に朝焼けを見て不思議と涙が流れたことがある。

そしてそれは今でも覚えている。

DENSO期間工をやっていたときのことだった、夜勤が終わって寮に返ってきたときだ。

僕の部屋は確か3階か4階にあり、外階段を使ってそこまで登っていくのだけど、その途中の踊場で町の景色が見えるのだ。

そこで丁度、朝焼けが綺麗だったので僕は暫く眺めていたんだが、太陽が登ってきて、自分を照らし出した瞬間に何故か泣いてしまった。

とても疲れていて勃起までしていたから、もしかしたらこれが死亡フラグなのではないか?と思っていた。

けれど、その綺麗な景色はやっぱり忘れられないし、今でも覚えている。
自分の後ろを通りがかった沖縄人の怪訝そうな顔もよく覚えている。

なぜ、そのとき泣いてしまったのか良く分からない。
自然と涙が出てきたのだ。
人生、そんなことは初だったし、未だにそれ以外はない。

だから僕は全国各地の朝焼けの写真を撮り、それを売って巨万の富を得ようかと思う。
皆さん、朝焼けカメラマンとして僕がデビューしたら一人一冊は必ず購入してくださいね。

では。

本当は儚くて、とっても短い人生


僕は今までに死にそうになったことが何度かある。

その殆どを動画で話していないと思うのだが、無駄な好奇心と、行動力のせいでもあるし、軽率な行動のせいでもある。
注意不足のせいでもある。

恐らく人生っていうのは本当にひょんなことで突然終わってしまうのだろう。
昨日まで元気でピンピンして生きていても、ある日突然の事故で死んでしまう。
人間の身体なんてものはとても脆い、命はとっても脆弱で、生きているということは常に死と隣り合わせなんだろう。

けれど、やっぱり明日も生きるだろうという希望的観測の元に僕らは今日も涎を垂らしながら生きている。

思っているよりか人生は短いし、命は脆弱だし、「ここで終わりだよ」なんてのは誰も教えてくれない。

底辺だろうが、底辺じゃなかろうが、今のとこ命は平等に脆弱だ。

色々な意味で人生や命をもっと大切にしなければならないって突然思った。
夕焼けを見てそう思った。

そろそろ末期なのかもしれえへん。

あまり僕を怒らせないほうが良い


エックスサーバーからブログが凍結された。

理由は3ヶ月毎に支払う4000円弱の料金を滞納していたからだ。
そして、僕のこのブログの収益は月に500円にも満たない。

というよりか、グーグル・アドセンスの自動広告しか付けられないのだが
たまにアドセンスが広告を出すのを休んでいる。

いや、さぼっているのだ。

プログラムを見てみると、何故か広告のコードが消えていたりするのだが、
これは僕の錯覚なのだろうか?

あまり僕を怒らせないほうが良い、こんなブログいつでも捨てる準備は出来ているのだから。

だって、やればやっただけ赤字になって行く不良債権なのだから。

基本的に僕のライフスタイルは動画で話す、何故ならそっちの方が遥かに儲かるからだ。
ここで話す意味がない。

そして、動画で話すまでもないことはTwitterで呟く。

だからこのブログの存在価値など無いのだ、このブログでせめてサーバー代金ぐらいは回収できたのならまだやる気にもなると思うが、
サーバー代すら回収できない。

・・・しかし、僕はいつもエックスサーバーからの凍結のお知らせを聞くたびにお金を振り込んでしまう。

10月に凍結のお知らせが来ていたので、それまでの分と、更にこの先3ヶ月分で8000円程の金を要求される羽目になるのだが、
僕は何故かお金を払ってしまう。

このブログを捨てることが出来ないのだ、ただ更新することも出来ない。
文章は10分ぐらいで終わるが、自分の切り売りをしているような気がしてしまうのだ。

一体全体、このブログは何なのだろうか?
高齢ニートや引篭を見捨てることが出来ない親の心境に近い気がする。

心を鬼にして切り捨てなければならない、こいつには将来性は無いはずだ。

もはや誰も文字なんか読まない、動画の方は楽だし血も通っているように思える。

文字はキャッチフレーズのみで事足りている、つまりTwitterや街中の広告で十分なのだ。

その流れは今後も止まらないだろう、1億総白痴時代だ。

動画もブログも別に言いたいことが言えるわけでもないし、書きたいことが書けるわけでもない。

いや、やろうと思えば出来るが、それをやってしまうと非常に面倒くさいことになるのも知っている。

だから僕はこのブログの存在意義が全く見いだせない。

いらない子だ。